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(前回までのあらすじ)あごを引きました。
昼の公演は、福谷さんの「終末の予定」と、島田さんの「乗組員」の上演です。「終末の予定」は、世界が終わる、最後の数十分を描いた作品のようでした。ト書きも読む演出だったのですが、上演される際の具体的なイメージの湧くト書きが多く、福谷さんはご自身で演出されたのだろうなあと思いながら見ました。僕はちゃんと演出した作品はまだ1つしかなく、具体的なト書きは、自分には書けません。「笑い」への意志の感じられるやりとりがうまくいき、客席がわいていて、嫉妬しました。「乗組員」で淡々とした台詞を積み上げる演技をしている小島さんと柴田さんと小山さんが、「終末の予定」でははっちゃけていて、ギャップを楽しみました。「終末の予定」も「あなたとのもの語り」と同じく、最初の20分程度の上演だったので、最後まで見たいなあと思いました。
舞台転換中のトークで、前田さんは毎回、リーディング公演をする意味について触れていました。北九州では、北九州芸術劇場が率先してリーディング公演を行っているので、地元の劇団にも浸透し、お客さんにも、比較的違和感なくリーディングという形式で観劇する土壌が出来上がっていると思います。北海道は、俳優のみなさんに聞いた限りでは、北九州ほど頻繁にはリーディング公演は行われていないようでした。前田さんは、リーディング公演のメリットを、主にスケジュールやコストの面を強調してお話されていました。今回は4本の戯曲をリーディング上演しているのですが、4本の作品を、リーディングではなく通常の公演で行おうとした場合、莫大なコストと稽古期間が必要になります。短い稽古期間や台本を持つという制約のため、俳優の細かな演技のニュアンスは消えてしまいますが、今回のように戯曲を紹介する、お披露目の意味では、低コストで行えるリーディングという形式は適しているので、目的に応じてどんどん行ったらいい、というようなことをおっしゃっていました。煮込み料理ではなく、刺身だ、ともおっしゃっていました。
島田さんの「乗組員」を見るのも3回目です。昨日のアフタートークで、僕が「乗組員」の意図を理解できていないことを前田さんから指摘され、その点を気にして見たので、あぁ、そういうことだったのか、と思い、見ることができました(島田さん、重ね重ねすみません)。
舞台作品というのは、自分が関わっている公演でない限り、よほどのことがないと1回しか見ません。理解力・読解力のない僕は、おそらく今までたくさんの誤った解釈をしています。ブルーエゴナクという北九州の団体の、「交互に光る動物」という公演が去年あったのですが、何と何が交互に光っていたのか、僕は未だに理解できていません。でも、おもしろかったのです。作者や演出家の意図を探ろうという意志は持って見ているのですが、つかみ損ねることが大半です。自分が感じたことを自分なりに解釈して楽しむしかないと思っています。本や映像作品であれば、わからない所は戻って何回でも見れるので気にしていませんでしたが、瞬発性のある理解力・読解力っていうは、鍛えられるものなんだろうか、ということを考えました。まあ、考えただけでどうこうするつもりもありません。今後も僕は、誤まった解釈をし続けると思います。そういう目線が、別に嫌いなわけではないのです。
ただ、作者に対しては申し訳ない気持ちになります。島田さんすみません!3回目の「乗組員」も、僕は僕なりに楽しみました!
終演後、アフタートークがありました。メンバーは、前田さんと、島田さんと、出演者のみなさんです。島田さんは、どういうつもりでこのシーンを書いたのか、登場人物は、この時どういう心情だったのかなど、2回目と言うこともあり、前田さんがかなり突っ込んだトークを展開していて、客席もわいていました。夜公演後もアフタートークがあるので、こんなに突っ込んで聞かれるのかと、ちょっとこわくなりました。
(前回までのあらすじ)展望しました。
スープカレーのお店を探して歩いていると、奥さんから電話がありました。北海道に来てから、こっちの生活をエンジョイし過ぎて、まったく奥さんに連絡をしていませんでした。やべえ、と思いました。「なんで自分の旦那の動向を、ツイッター上で把握しないといけないんだ。」というような内容のお叱りを受けました。「さーせん。さーせん。」と平謝りしました。事務的にやりとりを済ませ、早々に電話を切り、北海道のエンジョイを再開しました。
歩いてりゃカレー屋くらい見つかるだろうと高をくくって、あちこち歩いたのですが、そんなに見つかるものでもありませんでした。雪が強く、お洒落でズボンをロールアップした部分に雪がたまりました。ロールダウンしました。
寒さに耐えかねて、地下街に降りました。地下にもお店はたくさんあるのですが、ちょうどお昼時になってしまい、スーツ姿の人がお昼をとるためにたくさん出てきました。だんだん探すのがめんどうになり、結局札幌駅ビルのショッピングモールにもどってきました。
駅ビル内のレストランフロアも混み合っていました。スープカレーのお店もあったのですが、すごく並んでいたので、やめました。スープカレーは明日空港で食べようと思いました。あまり並んでいないお店を探し、そばを食べました。食べ終わり、スープカレー屋の前を通ると、もう並んでいませんでした。おいしくそばを食べたのに、なんだかがっかりしました。
まだ開演まで時間があったので、どこか観光しようとかとも考えましたが、歩くのに飽きて、駅ビルの休憩スペースで本を読んで時間をつぶしました。駅ビルの休憩スペースで昼寝している人もいたので、本を読んでもさしつかえないだろうと思い、1時間くらいいました。北海道に来ても、やることは北九州での休日とたいして変わりませんでした。
そろそろ時間かなと思い、スマホを確認したら、電池が20%を切っていました。午前中使い過ぎました。一度ホテルに戻り、充電器をカバンに入れ、会場に向かいました。一度行ったので、なんとか一人で行けるはずです。道が碁盤目状になっているので、昨日通った道とは微妙に変えながら歩きました。雪は降り続けています。オフィスから出てきたビジネスマンが、「うひゃあ」といったような顔をしました。地元の人でも、うひゃあと思うほど降っているのだなと思いました。道が全体的に白く、歩道では積もっていない部分がほとんど確認できませんでした。「今日でもう、終わってしまうのだなあ」と、寂しさを感じながら歩きました。僕はよく、ものごとを始める前にそれが終わった後のことを想像して寂しい気持ちになります。終わりの始まりってこういう時に使うのかなと思いました。歩いていると喫茶店があり、スープカレーを扱っているようでした。がっかりしました。
なんとか会場につきました。島田さんはもう来ていました。テレビ塔と時計台に行ったのだそうです。僕が展望台から眺めていたテレビ塔の中に、島田さんはいたのだなあと思いました。テレビ塔のマスコットキャラ、テレビ父さんの人形を見せてもらいました。やべえ、ちょっと欲しい、と思いましたが、もう行く時間はありません。負けじと僕も、JRタワーの記念コインで対抗しましたが、さわり過ぎて指紋がべったべたについていて、あまりうらやましくなる感じじゃなかったと思います。
MさんとライターのIさんとカメラマンさんが楽屋に来て、「広報誌に掲載する用に、写真を撮らせてください。」と言われ、ロビーの外光の入る所に移動しました。今日はタケオキクチの青いジャケットは着ていなかったので、着てくればよかったと後悔しました。カメラマンさんが指示をくれ、カメラを前に斜めに立ち、顔だけカメラに向けました。ぎこちない笑顔です。Mさんが「藤原さんは、飛ぶ劇場では役者さんなんですよね。」と言いました。僕はぎこちない笑顔のまま「まあ、そうですね。」と言いました。「じゃあ、写真は慣れてますね。」と言われたので食い気味で「そんなことありません。」と返しました。カメラマンさんから「あごを引いてください。」と言われました。Iさんから「北海道は初めてですか?」と聞かれたので、ぎこちない笑顔のまま「新婚旅行が北海道でした。」と答えました。IさんもMさんも驚いていました。地元の人にとっては、なんで新婚旅行でわざわざ北海道に来るのか、理解できないのだそうです。「でも、こちらの方が九州や沖縄に旅行に来るのと、同じじゃないですかね?」と言うと、「あぁ」と、お二人とも納得されていました。「あごを引いてください。」と言われました。
広報誌に、あごを引いた僕の写真が載る予定です。
(前回までのあらすじ)内臓天国をスルーしました。
3日目に突入です。もう北海道を訪れてから1ヶ月がたとうとしています。世の中の人の興味は、1ヶ月もあれば他へうつります。困りました。ペースが追いつきません。中途半端なところで「なんやかんやあって北九州に帰ってきました。おわり」で締めるかもしれません。
8時半頃、目が覚めました。昨日より30分くらい遅い目覚めです。決まった時間に用事がないと、人は徐々に堕落していくのだなと思いました。
朝食バイキングに行き、昨日島田さんが言っていた「カツゲン」を飲もうと思って探しました。ありました。コーヒーメーカーの隣に、瓶に入った牛乳のようなものが置いてあり、「カツゲン」とラベルに手書きされていました。味見程度に注いで、飲んでみました。一言で表現しにくい味がしました。たぶん乳製品なので、牛乳の味が近いっちゃ近いんですが、牛乳に慣れている分、カツゲンの方がクセが強いように感じます。好き嫌いが分かれるだろうなあと思いました。僕は味見程度で遠慮しておきました。
懲りずに腹いっぱい食べて、部屋に戻りました。今日は昼公演の開演までに会場に行けばよかったので、昼過ぎまで観光しようと思いました。会社には旅行と言って休みをとってきたので、少しは何か見ていないと、帰って話ができないのです。Hさんに教えてもらった、JR札幌駅にくっついているJRタワーに登ろうと思いました。展望台があるのです。お昼はスープカレーを食べるつもりでした。
カーテンをあけました。今日は天気がくずれて、今までで一番雪が降っていました。風でくるくる舞うような雪ではなく、下へ下へと落ちるぼてっとした雪でした。あたたかい格好で出ようと思いました。
昨夜もご飯に誘っていただけたので、ホテルに戻った時間が遅く、ペイチャンネルは見ませんでした。今日は楽日で、おそらく打ち上げに誘ってもらえると思うので、今晩も見られなさそうです。出かける準備をしながら、とりあえず小向美奈子さんの映像作品を流しっぱなしにしておきました。気が散りました。
10時頃部屋を出ました。隣の島田さんの部屋番号はもう消えています。島田さんもどこかに出かけているようでした。
外に出ると、雪がぺしぺしと顔にあたりました。フードをかぶって移動することにしました。駅前にハトがたくさんいましたが、寒いから、どのハトもうずくまって微動だにしません。そう言えば、電車の駅前ってよくハトがたくさんいるけれど、あれ、なんでなんだろうと思いましたが、そんなに興味がないから調べませんでした。
JRタワーにやってきました。駅ビルのショッピングモールの6階から展望フロアに登るのです。受付のきれいなお姉さんに入場料を支払い、営業スマイルをいただきました。ありがとうございます。まあ、僕はそういう時、目は合わせられないんですけどね。
展望台まで直通のエレベーターに乗りました。エレベーター内の側面に、札幌駅周辺の地図に、東京都の地図を重ねたものがパネルしてありました。どう見たらいいのか、判断に困りました。反対側の側面には、札幌駅周辺の地図に、ニューヨークの地図を重ねたものがパネルしてありました。どう見たらいいのか判断に困りました。
展望台につきました。以前、あべのハルカスに登った時も書きましたが、僕は足元の安全が確保された高い所が大好きです。小心者の僕でも、気持ちが大きくなれる所が好きです。JRタワーは38階で、あべのハルカスの3分の2くらいの高さなので、あべのハルカスの時の3分の2くらい、気持ちが大きくなりました。
360度見渡せました。アンビエントなBGMが流れていて、ゆったりした気分になります。人もまばらでくつろげそうでした。土地勘がまったくないので、とりあえず宿泊しているホテルを探し、そこを基準に道庁やかでる2・7のあたりを眺め、ぐるぐる周りながらスマホでばしゃばしゃ写真を撮り、ツイッターしました。
代ゼミがありました。札幌の代ゼミもなくなるのかな、と思いました。小倉の代ゼミは、この3月でなくなるはずです。有名なテレビ塔も見つけました。写真におさめたら、他の建物にまぎれて目立ちませんでした。そんなに大きくないのです。雪がそこそこ降っていて、写真がくっきり写らないせいもあったと思います。
JRタワーの記念コインの販売機がありました。似たものを、福岡空港の展望デッキでも見たな、と思いました。小さくて質感のある物が好きなので、買いました。その隣に、30円でコインに文字を刻印できる機械がありました。せっかくなので刻印することにしました。使用例には、名前と日付を刻印するように書いてありました。名前はいいや、と思いました。ちょっと考えました。「北海道サイコー!」「仕事さぼって北海道。」「戯曲賞とったどー!」など、非道いものはいくらでも思いつきましたが、決め手がありません。結局、日付だけ刻印することにして機械を作動させたら、なぜかコインの正向きと反対に刻印されてしまいました。こういう、後戻りのできない一発ものを、けっこうな確率で失敗します。
展望台内のカフェでコーヒーを買い、外を見ながらぼーっとしました。スマホで小向美奈子さんのニュースを詳しくチェックしたり、当日パンフを開いて講評を読み直してみたりと、とりとめのない時間を堪能しました。1時間半くらいいて、雪が強くなって外がいよいよ展望できなくなってきたので、降りました。
記念コインの手触りが気に入り、ポケットに入れておいてしょっちゅう触りました。
(前回までのあらすじ)上演されました。
終演後、表彰式がありました。僕と島田さんは舞台に上がり、並んで立ちました。北海道舞台塾実行委員会委員長の磯田さんから、目録と、LEDで時計が浮かび上がる木の板を授与されました。先に島田さんが授与されたので、後の僕は島田さんの動きを完全に真似しました。僕は右にならう典型的な日本人です。
磯田さんからお祝いのお言葉をいただきました。「北海道戯曲賞を、九州のお二人が受賞されたというのは、この戯曲賞の特徴をよくあらわしていると思います。北海道というのは、広く、他を受け入れる度量を持ち合わせている土地であります。なのでお二人には是非、将来的に北海道に移住していただき、この土地で生活していただきたいと思います。」というような内容のお言葉をいただきました。緊張していたのと、けっこうな決断が必要な内容だったのとで、とりあえずにこにこしていました。見ていませんが、たぶん島田さんもにこにこしていました。
一言、コメントを求められました。コメントは僕が先でした。「これは島田さんからじゃないのか!」と思いましたが表情には出しませんでした。言い方も、真似するつもりだったのです。夕方、前田さんと話した、戯曲の弱点のことを何か話そうと思ってはいたのですが、極度の緊張で、すごくたどたどしくコメントしました。ここ何年かで一番緊張しました。客席上手にカメラが入っていたので、緊張している様をばっちり押さえられました。タケオキクチの青いジャケットを着た、極度に緊張している人が映っている映像は、見たくないと思いました。そのあと島田さんがコメントしていましたが、自分のコメントを後悔することに夢中だったので、聞けていません(すみません)。
表彰式のあと、アフタートークが行われました。メンバーは、前田さんと、審査してくださった斎藤さんと、島田さんと、僕です。前田さんと斎藤さんが、どういう経緯で受賞作を決めたのかという、選考課程のお話をしてくれました。僕の戯曲と島田さんの戯曲の、それぞれのいい所と、課題のようなものも、話してくださいました。僕の戯曲には、柱となるようなストーリーも、テーマのようなものも基本的にありません。なので見る人によっては、「なんだこりゃ。」となってもしかたのない戯曲です。中身がないならないで、見る人をリードするためのガイドが必要だし、また、その何もなさを強みにするには、もっと、何もない器におもちゃをたくさん詰め込んでほしい、というようなアドバイスをいただきました。すなおに納得しました。
もちろん、前田さんと斎藤さんのおっしゃったことと、僕の意図したこととの間には誤差があります。当然です。今回アドバイスをいただいたことで、言葉としてくっきりした分、僕が作品についてふわふわと思っていた、言葉にならないようなものは、自分でも取りこぼしてしまったような気がしてします。でも、それが戯曲が審査されるということであり、アドバイスを受けるということであり、そういうことを求めて戯曲を応募したのは僕自身です。そういうものなのだな、と思いました。
あと、前田さんも斎藤さんも、次年度以降も是非継続して戯曲賞を行ってほしい、という内容のことをおっしゃっていました。かでる2・7はとても広いホールで、中2階のような席もあり、キャパは500程度です。今回は後ろ半分の席はつぶしていたのですが、それでも空席の確認できる客入りだったのです。この客席が、満席になるような賞に盛り上がってこそ、意味があるのだ、ということを、前田さんは昼のトークでも、今回も、翌日のトークでもくり返しおっしゃっていました。僕と島田さんは、うなづきました。
前田さんから「お互いの作品を見て、どう思いましたか?」という質問を受けました。僕は「乗組員」について、僕のオリジナリティに基づいた、独自性を遺憾なく発揮したコメントをして、会場内の誰からも共感を得られませんでした。「乗組員」の含意が、まったく理解できていませんでした。島田さんすみません、僕、読解力ないんです。
ただ、僕も島田さんも共通して思ったのは、お互い、全然タイプのちがう戯曲を書くので、嫉妬はしなかったということです。僕は基本的に心がせまいので、すぐ他人の作品に嫉妬します。なんなら泊さんの作品にも嫉妬します。島田さんに対しても、広い意味でのライバル意識のようなものはありますが、上演を見ていて嫉妬するようなことはありませんでした。これは真似できない、と思ったのでした。でも数年後にはわかりません。僕が乗組員のようなものを書いているかもしれませんし、島田さんが悪い天気のようなものを書いているかもしれません。そうなったらおそらく、嫉妬します。
夜はまたご飯に誘ってもらい、ご一緒させていただきました。前田さんの行きつけのお店に行きました(2回行ったと言っていました)。行きつけのお店の前に、「内臓天国」という、おそらく焼肉屋ですが、どぎつい色合いとマッチョな男のイラストが目を引くお店があって、スルーしました。
初めて、山わさびというものを食べました。わさびなのですが、普通のわさびよりもすっきりしていて、鼻に軽くすっと抜ける感じがとても良いのです。タコの刺身につけて食べました。おみやげに買って帰ろうと思いました。他、白子ポン酢や、羊の肉を野菜と炒めたものを食べました。おいしかったです。お話もあれこれしましたが、けっこうディープな内容が多かったので、書けません。
ホテルに帰り、服を着替えたら、ぽろっと何かが落ちました。小エビです。夕方食べたお弁当に入っていたやつです。小エビをどこかにくっつけたまま、表彰されたのでした。
LEDで時計が浮かび上がる木の板の電源を入れてみました。さっきまで何もなかった木面に、LEDで「12:00」と表示され、おぉ、と思い、スマホで写真を撮りました。目録の写真も撮り、両親にメールしたら、深夜にもかかわらず返信がきました。喜ばれました。
時計の電源を入れたまま、日中電波が入らず確認できなかったキョロちゃんのツイッターを見たり、風呂に入ったりしていたら、時計の表示が「13:00」になっていました。あ、昼の表示だったのか、と思いました。
眠る前に妻に電話をし、愛を語らい…このくだりいりませんね。しねえよそんなこと。寝ました。
(前回までのあらすじ)昼の公演が終わりました。
楽屋に戻ると、お弁当を用意してもらっていました。ありがたくいただきました。受け付け回りをやってくれている学生さんたちも、同じ楽屋で食べました。僕は座布団を用意したり、お茶を用意したり、楽屋内の暗い所の電気のスイッチをオンしたりして、学生たちのポイントをかせごうとしました。当たり前のことをしただけで、その後は人見知りを発揮して全然しゃべらなかったので、特に慕われませんでした。
お弁当を食べ終わり、学生さんたちは仕事にもどり、島田さんも外出されたので、楽屋内には僕と前田さんだけになりました。僕は、まだ当日パンフの講評を読んでいませんでした。前田さんに、「僕、こわいのでまだ講評を読んでいないのですが、読んでアフタートークに臨んだ方がいいですかね?」と聞きました。表彰式の後、アフタートークがあるのです。前田さんは、「斉藤さんもいらっしゃるので、読んでおいた方が話がすすむんじゃないですか?」と言いました。戯曲の審査をしてくださった斉藤さんも、アフタートークにいらっしゃるのです。僕は、講評を読むことにしました。要は、読みたいけれど、何かしら理由や他人の後押しがないと読む勇気がないだけだったのです。
読みました。どの審査員の方も、戯曲の弱点は弱点として指摘された上で、面白いと思う部分を評価してくださっていて、大変ありがたく思いました。自分の戯曲に関しても、自分で「ここが弱いなあ」と思う部分は、やはり指摘されていました。そういうのは当然、ばれるのだなと思いました。
最終選考の候補作というのは、候補に挙がった時点で、なんらかの基準を満たしているのだと思います。北海道戯曲賞は、最初から受賞作が、演出家によって上演されるのが決まっている戯曲賞です。その点も、審査される際の基準のひとつとなっていました。お話の世界の完成度では、島田さんの「乗組員」の方が、僕のそれよりも優れていると、上演を見て感じました。それでも僕が大賞をいただけたのは、北海道戯曲賞だったからなのだな、と思いました。
しばらくして前田さんが「読みました?」と聞いてきたので、「読みました。」と答えました。僕は前田さんに、「弱点のない戯曲って、あるんですかね?」と聞きました。前田さんは、「ないんじゃないですか?弱点を補えるくらい強みを持ってるのが、面白い戯曲なんじゃないですか?」と言いました。前田さんは何気なく言ったのかもしれないけれど、この言葉は、ずっと覚えていようと思いました。
斎藤さんが前田さんの楽屋に顔を出されました。僕もごあいさつさせてもらいました。斎藤さんのことは、10年以上前に斎藤さんの「冬のバイエル」という作品をシアタートラムで見たことがあって、一方的に知っていたのです。
夜の公演がはじまるので、タケオキクチの青いジャケットを着て客席に移動しました。受付周りや会場整理で、KさんもHさんも学生さんも動いていました。僕は会釈なのかなんなのかわからない程度の会釈をして、前を通り過ぎました。
客席に、北海道新聞のNさんがいました。Nさんは、事前にわざわざ北九州まで取材に訪れてくれていたのです。軽くあいさつを交わし、記事の載った新聞をいただきました。実家に送ろうと思いました。
「悪い天気」の上演がはじまりました。僕はそわそわして全然集中していませんでした。だから内容もあまり覚えていません(俳優のみなさん、すみません)。比較的後ろの方の座席に座りました。お客さんの反応が気になるからです。なので上演中もきょろきょろしていて、周りのお客さんに迷惑だったかもしれません(周りのお客さん、すみません)。あと、両手を顔の前で組み、ひじの置き場のない碇ゲンドウのような格好で見ていました。なんでそんな格好で見ていたのか、今じゃ全く理解できません(庵野秀明さん、ファンです)。
小道具で傘が登場し、無茶な使い方をするのですが、途中、傘の柄が折れて、「ぎゃっ」と思いました。でも傘をおもに扱う生水さんが冷静に対処してくれました。舞台に立っている生水さんの方が、客席で見てるだけの藤原さんより全然冷静でした。
お話の終盤でようやく落ち着きました(俺が)。